世界を知る対談 澤田秀雄 × 寺島実郎

2014/01/06

201401061209_1-300x0.jpg       澤田秀雄氏
 
       株式会社エイチ・アイ・エス
                
代表取締役会長
 
 
 
1980年、29歳で「机2つ、電話1本」からスタートし、今では日本を代表する旅行会社へと成長させたエイチ・アイ・エス創業者、澤田秀雄氏。近年は、再建不可能と言われていた長崎県佐世保市にある大型テーマパーク・ハウステンボスの黒字化を達成し、業界の常識を破りました。その常識を破る発想力と、事業を軌道に乗せる行動力は、どこから来るのか。寺島は、澤田氏の問題意識から来る気付きが、その力の根底にあると捉えました。
 
エイチ・アイ・エス創業期
 他社との競業において、常識を覆す価格設定で航空券の販売に挑む旅行会社エイチ・アイ・エス。そのビジネスモデルは、チケット料金の内外価格差を痛感した、かつての旅行青年澤田氏の「なぜ、日本人だけが高い料金で飛ばなくてはならないのか」という疑問から生まれました。
   そこで、澤田氏は1980年に格安航空券を販売するインターナショナルツアーズ(現エイチ・アイ・エス)を設立しましたが、ビジネスはしばらく順風満帆に運びませんでした。無名の小さなオフィスでの営業であり、また低価格のチケットを空港で渡すという前例のない手法が、まだ日本人に浸透していなかったためです。しかし、継続は力であると信じ、粘り強くビジネスを続ける中で、安くても信頼のおけるサービスが実際に受けられることが、口コミを通して評価され、全く新しいビジネスモデルを日本に定着させることに成功しました。
   寺島は、素朴な問題意識から、粘り強くビジネスモデルにまで踏み込んでいくところが、他の人には成し得ないと強く共感しました。 

早すぎたLCCへの挑戦
   そして、対談はスカイマーク設立の話題に移ります。澤田氏はLCC(Low Cost Carrier)について、いち早く既存の航空会社に話しを持ち掛けましたが、断られたことから自らがLCC設立に挑戦しました。スカイマークエアラインズの誕生です。その挑戦の根底にあるのは、硬直した航空運賃に対する問題意識でした。
   1998年、スカイマークは羽田~福岡間で定期運航を開始し、当初は高い稼働率でスタートしましたが、脅威に感じた他社が競合路線の運賃を安く改定したことにより、スカイマークの稼働率が落ち、2年ほど赤字が続く状況になりました。
   寺島は、新興勢力として既成概念という多くの壁に直面して、失敗を積み重ねながらも、匍匐前進をするように一歩ずつ進み、壁を乗り越える中で得るものがあったのではないかと問うと、澤田氏も「挑戦10回のうち、3回成功すれば3割打者だ」という自身の人生訓を引き合いに出し、出だしはうまくいかなくても徐々に改善していくことが、失敗から新しい発見・新しい成功を導き出すために必要な心構えであると答えました。
   寺島は、規制・ルールで縛られているものを解きほぐして風穴を開けようとする挑戦は澤田氏の人生そのものではないだろうかと注目しました。

人生を変えた旅
 澤田氏は、学生から受けた旅先での最大の失敗についての質問に対し、人生観を変えるに至った出来事に触れました。それはビルマの奥地で肝炎にかかり、肝臓の病気のため本当は栄養のあるものを食べない方が良いところ、滋養のためだとして食べ続けてしまい、ついには倒れて生死の境をさまよったことでした。その極限の体験を通して、少々の失敗にも悩まなくなったのです。元気をなくして物事を途中で諦めたり、自信をなくしたりするのが一番よくない、失敗して挫折しても、もう一度挑戦する持続力をつけること、失敗しても嘘でもいいから明るく元気に行動することが大切であると学生にエールを送りました。
 
ハウステンボス復活から新たな構想へ
   佐世保市の大型テーマパーク、ハウステンボス。澤田氏は、東京と比較して長崎・佐世保という商圏の大きさが十分とは言えない地域に創業したことが、そもそもの間違いだったと言います。しかし、開業以来18年間赤字続きだったハウステンボスの経営に乗り出し、住所も園内のホテルの一室に登録を移すという覚悟で改革に取り組み、わずか1年で黒字に転換させることに成功しました。季節ごとのイベントが好業績の要因です。1000万個のLED照明を使った光の王国、季節の花にフォーカスしたチューリップ祭り、バラ祭りなど多彩なイベントでリピーターを増やしたのです。また、「感動を呼ぶもの」、「世界一のもの」を行うことで、お客様の心を掴むことも忘れてはならない点だと言います。
   そして、新たな試みとして、敷地内に入場料のかからないフリーゾーンを設け、ベンチャー企業を誘致しました。また、観光客が外国人と英会話できるイングリッシュスクエアというエリアも設けました。佐世保はアメリカ海軍の基地があり、ハウステンボスのすぐ隣が宿舎のため、ここに住む軍人の家族や関係者にボランティアをお願いしているのです。
   将来的には、この地域をアジア地域の人々が憧れるようなビジネス発信地や地域交流活性化の場として、教育・アウトレット・マルシェなどの分野を包含した「観光ビジネス都市」にするという地域の独自性を生かした構想を実現したいと意欲的に語りました。
   寺島は、経費カットで経営を改善したのではなく、柔らかい発想による積極的な投資と発想力のある企画で黒字化を達成し、地域社会の装置としてハウステンボスを運営する澤田氏の手腕を強調しました。
 
旅行業界の未来-継続的な挑戦のために必要なこと
 澤田氏は、学生へのメッセージとして富士山に登るための準備とエベレストに登るための準備は異なると語り、自分が何をやりたいのかという夢・目標を据え、失敗しても挑戦し続けることの重要性を強調しました。
   また、日本人の旅行市場の飽和状態に関して、学生から質問を受けた澤田氏は、アジアからの旅行客が年々増え、今まさに、中国を中心とするアジア圏の巨大市場が花開こうとしている時期なのだと語りました。日本人の旅行市場が飽和状態でも、日本は受け入れる側として、海外からの渡航者を招くこともビジネスになるということです。日本の閉塞状況を感じているだけでは、ただ暗くなるだけであり、現在は大変化の時代、危機はチャンスであるという姿勢が必要だと力強く語りました。
 寺島は、澤田氏のように若い頃から世界を見て、その多様性に気づき、色々な視点から物を考える力が必要だと語り、ポジティブに物事を捉えることの大切さに共感しました。

 
 
 

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澤田秀雄
(さわだ ひでお)
 
株式会社エイチ・アイ・エス 代表取締役会長
ハウステンボス株式会社 代表取締役社長
澤田ホールディングス 代表取締役社長




 

1951年(昭和26年)大阪府出身。高校卒業後、旧西独マインツ大学に留学。その間50カ国以上を旅し、帰国後の80年インターナショナルツアーズ(現エイチ・アイ・エス)を設立。格安航空券販売を中心に急成長を遂げる。96年オーストラリアにThe Watermark Hotel Gold Coastをオープン、会長に就任。98年、国内4番目の航空会社スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)を就航させ話題となる。99年協立証券株式会社(現エイチ・エス証券)の株式取得、代表取締役に就任。03年モンゴルAG銀行(現ハーンバンク)会長に就任。10年ハウステンボス株式会社 代表取締役社長に就任。
 
就職を機に世界と人生を考える! BS寺島 月9トーク(BS12 TwellV)
第12回放送(2013年3月18日)より


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