世界を知る対談 水野彌一 × 寺島実郎

2013/11/13

 
201311131028_2-300x0.jpg        水野 彌一氏
 
      京都大学アメリカンフットボール部
                       
前監督

 
 かつては弱小チームと呼ばれていた京都大学アメリカンフットボール部「ギャングスターズ」。このチームを、大学選手権優勝6回、全日本選手権優勝4回という栄冠に導いた指導者こそが、本日の対談ゲストである水野彌一氏です。
私立のアメフト名門大学は、潤沢な資金で設備を完備し、全国の高校からスポーツエリートをスカウトします。しかし京都大学ギャングスターズの新入部員は、ほとんどがアメフト未経験者でした。それでも水野氏は、彼らを率いて強豪チームを倒し、アメフト界の歴史を塗り替えたのです。その秘訣はどこにあるのでしょうか。対談の中で寺島は、水野氏が徹底的に選手に頭脳プレーを求めたこと、そしてアメフトを通じて社会に必要な人間力の養成に力を注いできた点に着目しました。
 
頭脳が問われるアメフトの戦術
 アメフトファンを自認する寺島は、アメフトが単なる肉弾戦ではなく、知性が問われるシステムスポーツと見ています。水野氏は、チーム戦略の中で自分の役割を徹底的に考え抜き、試合で実践し、結果を検証して次に活かす「PDCAサイクル」の実践を選手に要求してきました。この戦略が功を奏したことはいうまでもありません。スポーツエリート集団ではない「ギャングスターズ」が強豪チームを倒してきたのは、「考える」ことでレベル向上が可能なアメフトの特性にあるのです。 
水野氏の話を聞いた寺島は、刻々と変化する試合状況に応じ、頭脳を用いた最善の判断を選手に求めるアメフトの奥深さを改めて認識しました。
 
「人を育てる」方針
 水野氏は、6億5,000万円の寄付を募り、京大にクラブハウスを建てました。ここには食堂を設けて選手の栄養管理を徹底、トレーニングルームも完備しました。さらには、学習塾である「水野塾」を設立、選手が教師としてアルバイトを行うことで自立を促す場を提供したのです。
これらの試みに触れた寺島は、アメフトを超え、社会で活躍できる人間を育てようとする水野氏の方針を感じました。この点に触れると水野氏は、「アメリカンフットボールで日本一になっても一銭も得をしない」、真に目指すべきはアメフトを通じて選手が自己の限界に挑戦し続けること、そして自分を変革することであると強く語りました。
 
水野氏の来歴
 水野氏は小さい頃から戦闘機パイロットに憧れていました。そこで防衛大学校に入学、しかしアメフトで腰を痛めたことにより夢が断たれました。その後は京都大学に入学しましたが、当初はアメフトから遠ざかっていました。
転機は、アメフトの試合に助っ人として頼まれた時です。ある先輩が「弱いチームで負け戦の中、孤軍奮闘、獅子奮迅の働きをする、これが男じゃ!」と言うのを聞き、「無茶苦茶カッコええ」と感動して再びアメフトの世界に戻ったのでした。
コーチ就任後の初試合は強豪・関西学院との対戦でした。しかし結果は114-0と惨敗、その後も6年間全敗、「打倒関学」を目標に厳しく選手を鍛えましたが、やがて自分の指導方針に疑問を抱くに至りました。
そこで水野氏は、アメフトの本場アメリカに指導論を学びに行きました。すると、選手個人の能力育成を最重要視する日本の方針とは対照的に、アメリカではチーム全体のレベルアップを何よりも重視していること、コーチの役割はチーム戦略を各選手に理解させることであることを学びました。
帰国後の水野氏は、早速アメリカで学んだ指導論と戦略を導入しました。水野氏の表現を借りれば、まさにこの時が「京大フットボール元年」であったのです。
 
指導者として
 指導者と選手との間の信頼関係をいかに構築するか。寺島は、成果や勝利を求める組織が、極限状態の中でなお前に進もうとする時、リーダーが信頼され、メンバーも納得感を抱いていることが絶対に必要であり、そうでなければ人が去り結束が乱れるであろうと論じました。
しかし水野氏の指導内容は、必ずしも学生がその場で理解できるとは限りません。寺島はこの点に触れ、水野氏の教えは学生が社会に出て初めて納得できる部分が多いのではないかと問いました。すると水野氏は、自分の言っていることの半分が理解されたら良いとして、指導者に必要な忍耐力を強調しました。
2人の対談を聞いていた学生が、試合の大事な時に選手に掛ける言葉は何かと尋ねると、水野氏は「腹くくれ」と即答しました。覚悟を決めろと言う意味です。そして、人間は追い込まれないと覚悟を決めることが難しいが、辛くても前を向いて行動することで新しい世界が広がり、不可能が可能になる、この発見こそが人生の楽しみだと力を込めました。さらには、「俺はこうしたいんだ」との決意と目標を基に行動し追求する大切さを説き、対談を聞いていた学生に奮起を促しました。
 
「闘う大人」と接する価値
 対談の最後、寺島は学生に水野氏の印象を尋ねました。なぜなら現在の大学生は、挑戦と闘いに生きてきた水野氏のような大人と接する機会に恵まれていないからです。
彼らの両親は、バブル崩壊後の「失われた20年」を社会人として生きた40代が中心です。「なにくそ」魂で戦後の苦労に耐えつつ生き抜いた世代とは無縁であり、「血を吐きながら」闘って生きる大人の姿を見ることはほとんどありません。そこで寺島は、大人が闘う姿を見れば最初は圧倒されるかもしれないが、自分自身の生き方を考えるにあたり大きな示唆があるとして、今は理解できなくとも心に置いて欲しいと学生に伝え、対談を終えました。
 

 
水野 彌一(みずの やいち)
1940年、京都府生まれ。京都大学アメリカンフットボール部チームアドバイザー。スポーツ推薦もない初心者だらけのアメフト部を指導し、1976年、関西アメフト界の雄、関西学院大学の28年無敗・145連勝という記録をストップさせる。その後、甲子園ボウル(大学選手権)優勝6回、ライスボウル(全日本選手権)優勝4回など数々の偉業を成し遂げ、その指導論は教育界や実業界で大きな関心を集めている。指導のポリシーは、「社会(日本)のリーダーを育てる」こと。
 
就職を機に世界と人生を考える! BS寺島 月9トーク(BS12 TwellV)
第11回放送(2013年3月11日)より


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