世界を知る対談 孫正義 × 寺島実郎 

2013/02/26

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  孫 正義 氏 

  ソフトバンク株式会社 
  代表取締役社長
  


 
2012年大晦日は特別企画として、ゲストの孫正義氏(ソフトバンク株式会社代表取締役社長)と寺島の対談が放送されました。就職を控える若者に人生や世界を考えるヒントを提供したい、この寺島の想いが込められた本番組のスペシャル版に相応しく、若者に向けた貴重なメッセージに溢れた対談内容となりました。

冒頭、同じ8月11日生まれであるなどの共通点を語った後、寺島は人生の転機を話題としました。そして、孫氏が高校1年の時、アメリカ短期留学を終えた直後に久留米大学附設高校を中退、翌年再び渡米するに至った理由を尋ねました。孫氏は、15歳の時に読んだ司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に触れ、竜馬と違い世界に雄飛できる時代に生を受けたこと、圧倒的なアメリカの国力に驚愕したこと、そして異なる価値観に身を置いて自らの存在意義を見つけたかったことなど、当時の心境を語りました。

カリフォルニア大学バークレー校に在学前から、孫氏の父は入院していました。日本からの仕送りを受け取ることをためらった孫氏は「1日5分で月100万円稼ぐ」と決意、試行錯誤の末に音声付き自動翻訳機を発明しました。寺島は、ここに現在のソフトバンクのコンセプトの原型があると応じました。

寺島は、人間は時代環境に規定される「時代の子」であるが、時代潮流の変化をいかに読み解くかで次の生き方が決まると常に発言しています。そこで寺島は、「IT革命にいつ気付いたか」と質問すると、孫氏は留学中の10代後半、指の上に乗るマイクロプロセッサの写真を科学雑誌で見たときと答えました。「人類は人類の未来を変える発明をした」と直感、手足は痺れ、涙があふれ出し、この分野に進む決意をしたと当時の興奮を振り返りました。

次に寺島は、孫氏が2人目の子供に恵まれた直後、25歳で余命5年を宣告されたことに触れました。すると孫氏は、暗殺直前の5年で後世に名を遺した竜馬のように、自分も5年あれば何か成し遂げられる、そしてもし命が長らえるならば「燃え尽きるぐらいに燃えてみせるぞ」と決意したと当時の心境を明かしました。寺島は、孫氏が小成に安んじずに次々と新しい事業に挑戦する理由はここにあると感じました。

2人はアジア諸国を送配電網で繋ぐ「アジアスーパーグリッド構想」も取り上げました。他国と1本も送配電網で繋がっていない日本の現状を「弱点」と指摘した寺島は、ゴビ砂漠に大規模自然エネルギー発電装置を設け、日本まで電気を届ける送配電網を構築しようとする孫氏の構想と、孫氏創設の公益財団法人自然エネルギー財団の事業に注目しています。

寺島は、この構想に障壁があるとするならば、送配電網が国境を超えるという事実を恐れ、隣国に舐められたくないという「小さなナショナリズム」であると指摘しました。その上で、我々はそこから脱却して時代の前に一歩踏み出すべきこと、同時に「グローバル時代の愛国心」を踏み固めるべきと主張しました。さらには、この点こそが大人が若者に伝えるべきメッセージであると発言しました。

最後に、日本の就職活動が話題となった時、孫氏は、日本の就活は「ガラパゴス的」であり、世界には奇異に映ると問題提起しました。そして、日本の学生は一生働く可能性のある会社をよく理解せずに入社しており、相手をよく知らずに結婚に踏み切るようだと論じました。学生が会社を知る機会を提供するため、孫氏は、昨夏に約280名の学生をインターンとしてソフトバンクに受け入れました。応募総数が1,400名を数えたことは、企業の現場を知りたいと願う学生の意欲の表れに他なりません。

対談を振り返った寺島は、孫氏が既に70年代にIT革命を予感していたことに改めて注目しました。そして、先見の明とは、目前のモノや人物の価値を理解することであり、そのためには常に問題意識を持ち、鋭い感性で世の中を見るべきと学生にメッセージを送りました。
 


 
     
 
孫 正義 (そん まさよし)
ソフトバンク株式会社 代表取締役社長
ソフトバンクモバイル株式会社、ソフトバンクBB株式会社、ソフトバンクテレコム株式会社
 代表取締役社長 兼 CEO
公益財団法人東日本大震災復興支援財団会長
公益財団法人自然エネルギー財団会長







 

就職を機に世界と人生を考える!BS寺島 月9トーク(BS12 TwellV)
特別放送(12月31日)、再放送(1月7日)より
 


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